2. 雨


 ターとマリージェルは馬を並べて進んだ。姫はその小柄な体躯に合う、ほっそりした白馬にまたがっていた。
「王の住むインスラ宮殿には、山を越えなくちゃいけないの。山を登るか、遠回りするか、どっちかだけど、どうする?」
「遠回りするほうが賢明でしょう。姫のドレスで山を登れるとは思いませんが」
「登ったほうが早いんだけどなあ。まあ、ターのいうとおりにするよ」
「山の下を通るとなると、なにがあるんですか?」
「地図を見せてあげる」
 マリージェルはかばんから、地図を取り出した。ターのほうへ身を乗り出して、広げてみせる。
「濡れたんですね」
「濡れたね」
 広げられた羊皮紙は、大量の水に濡れた形跡があり、インクの多くが流れ落ちていた。道が書かれた痕跡は認められるが、書いてあった文字はわからなくなっていた。
「もう! わたしが留守の間にだれかがいじったんじゃないでしょうね!」
 マリージェルが怒りだすのをなだめるため、ふたりは早めの昼食を取った。木に馬を繋ぎ、朝焼いたパンにふたりがバターを塗っていると、突然空がゴロゴロと鳴りだした。
「怪しい空模様ですね」
「一雨来るかな。木陰に移ろうか」
 ふたりが荷物を木陰に移動して、一息ついた途端、大雨が降り始めた。暴力的なまでに激しく降る雨は、木の枝を通り抜けてふたりに打ちつけた。
「思い出した!」
 雨を避けるためか、頭に地図を被ったマリージェルが、絶え間なく鳴りつづける雨の音の中で声を張り上げた。
「前にここを通った時も、こうやって地図が濡れたんだったの。もっと先に行ったところに壊れた家があるから、そこで雨宿りしましょう。たしか屋根くらいは残ってたはず」
 前も見えない豪雨のなか、ふたりはそれぞれ、嫌がる馬を引いて進んだ。マリージェルは少し歩いては、前髪からぽたぽた垂れるしずくをぬぐった。そうしないと目に雨水が入って見えなかったのだが、見えたところでたいして状況は変わらなかった。だから、またたく間にターを見失ってしまった。
「ター! どこにいるの?」
 水を含んで重たいドレスを引きずりながら、とぼとぼ歩いた。あたりは昼だというのに真っ暗で、方角もわからなくなっていた。
 ふいに、ななめうしろから腕をつかまれた。彼女が振り返ると、闇の中でぼんやりと光る顔があった。
「そこにいたの」
「申し訳ありません、目を離してしまって。姫はずいぶん道を逸れてしまったようです。私が先に進みますから、つかまっていてください」
「あなたの顔って、夜だけ光るわけではないのね。ずいぶん便利じゃない」
 こうして、ターは自身の顔から発する光を頼りに歩き、マリージェルは彼の外套の裾をつまんで、それに続いた。
 まもなく、東屋みたいになった廃屋が見つかったので、ふたりはそこで火を焚いて暖を取った。荷物に濡れていないものはなく、まだびしょ濡れには達していなかった毛布で姫は体を拭った。雨は止むことなく続き、結局彼らは火の前に座って夜を明かした。
 翌日は、外は雲ひとつない晴れ空だった。服はまだ完全には乾ききっていなかったが、ふたりは再び馬に跨った。

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